秩序の変容と制度の限界

 前にも述べたように,制度による対応は主体の側に強固な思考パターンないしは一定のものの見方を形成しめることになる.そのパターンからはずれた問題は,たとえその組織にとって,クリティカル(critical)であったとしても,状況イメージの外におかれるか,またはたとえ認知されたにしても,現在のパターンで理解可能なかたちに変形され矮小化されてしまうことになる.これは官僚制の逆機能分析の示すところでもある.(March & Simon,1958)
また,現状の制度によって十分認知可能であったとしても,意図的に無視されるケースもある.それは,制度化によって利害状況が確実し,それぞれの主体に既得権が生じていることから起こるケースである.すなわち,各主体はその問題が取り上げるに値すると認めた場合でも,その問題が自らの既得権を脅かす可能性がある場合,または自らの利害には直接関係なくともその問題を取り上げることによって対抗的な他の主体の利益に結びつくと予想される場合は,意識的に無視されることになる.したがってそこでは,情報の意図的な遮断・歪曲などが行われることになる.
 さて,既存の制度に基づく対応が困難と認められた場合は,制度によらない非公式ネットワークを背景にした権力関係によって,そうした状況に対応していかなければならない.したがって,その制度の解釈はインフォーマルな組織を前提とした具体的な人脈や人間関係に依存することになる.こうした非制度的な関係は「そこに埋没している個人にしだいに共通の態度や慣習をつくりあげると同時に,逆にそれらがやがて各人に対して大きな規制力となって働いていく」ことになる.(稲葉,1979:158) しかし,制度を通じることなく状況に対処できる主体の能力が問題となる場合は,既存の制度そのものの不信を招き,組織全体は一挙に状況化する事になる.とくに,そうした新しい動きによって,現体制の既得権益がはげしく脅かされたりまた脅かされる可能性のあるときは,新旧の間でヘゲモニーを握った主体は,自らの権力を保持・強化するために,自らを頂点にした権力構造の維持・強化をはかっていこうとする.これは,自らが目標達成の手段にしかすぎなかった権力が,目的そのものへと転化していくプロセスでもある.
S.N.Eisenstadt は個人的自律性と社会秩序を調停するという問題が,含まれているとみている.彼は,交換の媒体が制度化され,象徴的であるときに,それらは多様な交換関係に一般化できるのである.それは,つまり,社会的価値を象徴的財とみなしている(それには愛国心といった「公共財」がふくまれる).これらの財の保持者または,カリスマをもったエリート調達者は,それぞれのバランスと保持する人たちの味わう満足感を高揚する.かくて,カリスマ的エリートは社会の下位単位によって把握されているより特殊的な価値の新しい総合を遂げることにより制度形成過程において戦略的役割をはたすのである.
 組織や制度は,さまざまな個人または集団の目標を実現するために,他の人たちまた集団との交換の過程を引き受ける異なった人々および集団の間の多様な反応と相互作用を通じて形成されるのである.
 こういう交換に従事する個人または集団は,でたらめに分布しているのではない.こういう交換は,構造的に異なった位置の人たちの間でとり行われる.これらの位置自体は,「制度的交換」の過程の結果である.また,この過程の中での個人の創造性と相互作用の分析と,制度形成の象徴的=規範的,体系的,権力的側面の分析との結合の重要性を強調している.

 制度化の過程は,制度が,実効性のある制度として自立し,権力行使の源泉として,また,正当性を付与するためのイデオロギーに転化していく過程でもある.それは各個人のアイデンティティは,自らの経験・状況・制度に対する一貫しかつ安定したイメージに支えられている.そして,それが組織全体の統一的な認知構造を提供するという意味で,組織の安定化に貢献する.
 しかし一方で,制度化は,前にもふれたように組織全体の認知構造を歪んだものとしてしまい,組織の客観的状況の正確な判断を困難にする危険がある.そればかりか自らの存続をはかるために,意図的に自らにとって好都合な不確実性を創出を行い,組織のおかれている現実(reality)そのものを,自らの手で人為的に形成することになる(J.Pfeffer & G.R.Salanick,1978).
Crozier(1963:185) は各職務集団の戦略の共通性に注目し,次のように要約する.「各集団は自由裁量の余地を確保しようとし,さらにそれを拡大しようとする.他の集団に依存することを避けようとし,自らに強圧的な集団から自己を守ろうとする場合にのみ,他の集団への依存を是認する.屈伏以外の選択の余地がないならば,逃避主義を選好する.こうして各集団のもつ行動の自由と組織における権力構造はすべての戦略の中心である」と.
組織は長期的に存続していくためには,内外の変化に適応できるような柔軟性をもっていけなければならない.そこで同調性を確保しようとするとき,各人の行動予測可能性と創意自主性をともに必要としている.しかし過剰な柔軟性は予測不可能な状況をもたらし,合理性を阻害し,組織の統制の強化をまねく.他方,あまりにも予測可能な状況はメンバーの行動のルーチン化を通じ組織の硬直性をもたらす.こうした二重の要請に直面し,組織から逃避しようとする圧力が存在し,自己防衛的・現状維持的パターンをとらざるをえない.Crozierは組織の官僚制システムの側面に注目し,「誤りから学習することによって自らの行動を正しえないシステム」と定義される.
以上,組織変動のダイナミックな側面をみてきたわけであるが,現存する制度はそれぞれの利害状況,既得権益の構造体を現したものであり,新しい戦略展開が,そうした既得権のネットワークに抵触するかないしは変更を迫る場合,状況は一挙に政治問題化する.
個人のレベルであれ組織のレベルであれ,その介在的作用は,政治に対する個人や組織のもつ基本的態度によって影響されるのである.これは政治と文化の関係,すなわち,政治文化(political culture)の問題として取り扱われる.

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