人間の認知・行動モデル

 人間の知能(intelligence)とは経験から学ぶ能力や知識を獲得する能力である,さらに新しい事態が発生したとき迅速かつ適切に対応する能力も知能であり,問題を見極めてこれを解決するために推論を用いるのである.
 しかし,新しい事態が発生したときに,これを迅速かつ適切に対応する能力がないだけでなく,新しい事態が発生したのを知ることもできない.したがって,このような新しい事態を問題であると認識することもできない.まして,その問題解決に推論を用いることなどできるはずがない.
 われわれは,環境の変化に適応して生きていくために,日々発生した問題を認識,理解して,それによって得られる経験や知識を学習し記憶することによって,日々成長する.このために,新しい事態が発生したときに,蓄積,記憶している過去の経験・知識をもとにして推論して,問題を解決することができる.
 1976年,Allen Newell と Herbert Simon は,「これまでに人工知能あるいは計算機科学がはたしてきた最も重要な貢献は,われわれの心についての科学的理解を構築,記述する際に物理記号系という概念を導入したことである」といている. 哲学者A.N.Whitehead(1927,pp.7-8)「人間の心は,ある経験による要素が意識,信念,情動といったものを呼び起こし,その呼び起こされたものが経験の他の要素を反映しているときに,記号的に(symbolically)機能している.前者の要素は記号(symbols)と呼ばれ,後者は記号の意味(meaning)を構成している.」
 人間はモデルを使い仮定やシミュレーションを行って,まだ起きていない事象についての事前の情報を得る.だが,モデルがほぼ原型どおりに機能するか変化するかでなければ,よしとされないだろう.これは実際に存在する前,あるいは実際にそうなる前にこうであろう,こうするだろうと人が理解するのに必要な条件である.そこで,人間はモデルを知識や行動の案内役にするために,手工業期,それに次いで工業時代(または合理性の時代)を経て現在のようにモデルを豊富にしてきたのである.さまざまな機能と伝達手段を連結した情報処理システムでは,コンピュータがモデル構築の望ましい工房と思われる.
 すべての人は,自分自身の経験に基づいてものごとをりかいする.われわれが世の中のことを理解しようとするときに,その人のもつ知識構造の違いにとって,同じ入力にたいしても応答が異なる.逆に,われわれは知識を共有することができれば,同じ入力に対して同じ応答をすることが可能である.
 Schank,R.C.(1985)は,人間の理解レベルについて次のように提案している.
 
 意味の理解レベル → 認知的理解レベル → 感情理解レベル

 最初の意味の理解レベルは,パターン理解システムのレベルで,問題なり入力パターンの知識を利用して,その意味を理解する.
 認知的理解レベルは,高度に知識を利用した結論を出すシステムであるが,次のように考えられる.
1 経験に基づいて学習したり変化したりする.
2 現在の経験を,過去の経験に知的に関連づける.つまり,役に立つ
比較や重要で興味深い関係を抽出する.
3 自分で新しい情報をつくる - 経験に基づいて自分の結論を出す.
4 説明する - なぜそのような関連づけをしたか,結論に到達する
ときにたどった思考過程を説明する.  
最後の感情レベルは,もし二人の人間がまったく同じ環境下で同じ経験をして生活したならば,脳やうまれつきの遺伝的な違いは別にしても,まったく同じ知識をもつであろう.お互いの喜怒哀楽といった感情までも,共有できるであろう.
 ここで,人間の認知行動を一つの全体としてとらえる,経験や学習あるいは見たり聞いたりしたことによって知識を獲得する人間の知的プロセスということができる.
 このようにして認知は意識水準にまで上がってきて,能動的・主観的性格を伴っており,理解が伴っている.認知された経験や,新しい情報が学習されるプロセスは,単に記憶機構に蓄えるられるのではなく,意識されて概念構造を形成し,それ以後に獲得される経験・知識を記述するための中心的役割を果たすことになる.
 情報,知識という言葉が混然と使われていることが多いから,ここで次のように区別する.つまり,外部世界の事象がセンサーを経由してデータとして入力する.このデータは外部システムの事象をそのままキャッチしたものであるから,雑音や不必要なデータが含まれていることがある.人間の場合は,目的とする事象だけ見て,不必要なものは見ないといった認知的情報処理が行われているので,この雑音や不必要なデータは除かれている.このデータは,整理されて情報となる.この情報が概念化(体系化)されたものが,知識となって長期記憶に入力する.
 このように知識は,必要とする人にとって価値があるという性質のあることも記憶となる.このような情報が知識となるためには,適切な構造がなくてはならない.どのように構造化(体系化)するかは,その知識利用目的から決められる.Bartlett(1932)は知識構造のモデル(スキーマ)について次のように述べる,「頻繁に生じる物事の型についてのモデルで,過去の反応や経験で構成される活動組織体のことで,それはよく適合した組織的反応の中で常に動作していなければならない」.ここでよく使われるスキーマには,意味ネット(出来事と対象を表現する方法),フレーム(複雑な対象を複数観点から表現するための論理的なモデル),スクリプト(よくある出来事の流れを表現する),規則モデル(IF-THEN-DO 形式のプロダクション・ルールで知識を表現する)などがある.
 個体としても集団としても,このようにして知識とノウハウが増えれば,社会的動物(文化的動物といってもよい)としての行動は,価値が高まるだけではなく,行動範囲も拡大する.当然の結果として,行動基盤が広がる.緒についた文化,共有の集団記憶,行動の概念,基準,やがては行動の目的も,価値が高まり,拡大していく.たとえ初歩的であっても,こうしたやり取りがくり返されるうちに,個人は自分だけの経験による単純な記憶範囲を超え,集団は介入領域を絶えず広げていく. 
 外部的模倣(学習),あるいは体内的化学作用(遺伝)によって,われわれが抽象能力を伝達していることは間違いない.疑問点は相当あるがこの伝達は確実である.
 われわれの記憶が二つの時間域に峻別されている.つまり,短期的には伸縮性ある記憶,いわば直接的意識とリアルタイムの情報処理,長期間記憶には次第に固定され呼び戻しにくくなる記憶(潜在意識)あるいは制御しにくくなる記憶(遺伝による伝達)に分かれる.大雑把に言うと,精神の可動性と知識が結びつくように,印象の存続と永続する文化とが結びつくのだろう.
 知識が過去,現在,未来にわたって人間の生活に与える影響は,研究に値いする.結果は明らかで,余った「エネルギー」が火,武器,行動手段を手に入れ,外界の支配が増大した.こうして時間と体験を上手に組合せ,人間は自由になり,精神生活に余裕が出て,それによってしだいに自然観察に近づいていった.
 人間は口伝えによるコミュニケーションを始め,知り得た領域,開発する領域,支配する領域を拡大して,効用性を常に高めていくノウハウと技術など,永続性ある知識が貯えられていく.メッセージには,言葉,行動の基準,規範(外部の基準)を媒介=インターフェ-スとして交換される集団記憶は欠かすことができない.
 集団記憶はあらゆるコミュニケーションのシステムの先立つ,いわば川上の記憶で,行動の基準となる最少の集団記憶と言える.情報処理でこれに相当するのは,すべてのプログラム,つまり一定の言語で書かれるすべてのメッセージの川上にあるコンパイラー (compiler,プログラミング言語で書いたプログラムを機械が読み取れる機械語に翻するプログラム)である.この機械化された情報処理から現れ出る基準は,明らかに,既知のデータや命令の形式化に欠かせない道具,つまり最少の記憶の発生の創造的部分である.(いろいろな基準について,第2部と第3部,すでに述べている,図 12-0 は,各基準両立しうる範囲や構成要素を提示している.普遍的基準あるいは標準化(standardize)は,組織にとってきわめて重要な存在であると思われる).

記憶から計画への過程は個人の創意に属する.個人は肉体や生命の有限性につきあたり,時間と空間の制約や,それから生じる物理化学的条件の制約に縛られていることを感じている.これに集団の創意が加わる.たとえ偶然からでもひとたび個人によるこうしたメカニズムがえられると,種を構成する各個体の能力範囲や限界,更には運命をも超えることが可能である.
 集団記憶が文化を共有するすべての者にとって共通の領分である.結果を見ると,発生する組織的集団記憶は絶えず拡張し,構造化し,豊かいなっている. 人間の活動についての仮定は,人間の本質,人間関係,現実・空間・時間・環境の本質に対する仮定と深く結びついて,それは第一に,特定の文化的背景の下で高度に組織化された認知様式,第二に,このような認知様式が知識へのルートをつくる.第三に,文化的に異なった情報処理の形態を扱うことによって,文化について語ることは,認知レベルで語るという広く認められている様式と本質的に同じ基盤に立つことができる(後述).したがって,組織文化の研究の可能な領域(realm)を示唆している.

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