戦略決定の問題

 組織における広義の意思決定過程には,課題の明確化(決定の必要性その他の背景の理解,方向づけ),案(選択肢)の探索また創出,案の比較評価または修正,決定に必要な合意の調達,所定の決定手続の履行が含まれる.
 狭義の決定過程すなわち上記のうち最後の過程(決定の手続ないし方式)にはさまざまなものがある.11-1表 は Smoke,W.H. & Zajonc,R.B.(1962)による類型化と選択肢Aを支持する確率Pである成員n人から成る集団において選択肢Aが集団決定に採択される確率h(P)とを数学的モデルとして示している.

   11-1表 決定の方式と集団決定の確率
Adapted from Smoke & Zajonc ,1962,pp.322-333.

Davis,J.H.(1973) は,所与の選択肢に対する成員個々人の選好が,集団の決定にどのように変換されていくかを研究する一つの用具として社会的決定方式の理論(Social decision scheme theory)を提唱し,多数決,相対多数決,比例モデル,等確率モデル,ロージ=ソロモン・モデル(正しい意見が説得力をもつことを前提としたモデル)などほか,陪審員会議に最もよく適合する特殊なモデルなどについて検討している.
 成功の確率は低いが成功すっれば大きな利得がえられる(と同時に,大きな損失を招く失敗の確率が高い)選択肢から成功の確率は高いが成功時の利得が小さい選択肢まで複数の選択肢があって,その中から一つを選ぶ決定は,リスクを含む決定とよばれるが,1960年代の初めにリスクを含む決定と極化 (polarization)現象という実験結果が報告され,いわゆる「冒険的移行」(risky shift)現象として注目された.(Pruitt,D.G.,1971)
 どうしてこのような現象が生じるのかをめぐってさまざまな説が実験的データとともに提唱された.個人的な責任がなければ人は危険に走りだがる,ということである(責任分散説),集団で衆知が集められることによって問題が一層熟知され不安が軽減されるからだとするもの(熟知説),勇敢な主張をする成員あるいは主張そのものが集団をリードしやすいからだとするもの(リーダーシップ説)などであったが,その後問題によっては一貫して集団の方が個人の平均よりもいっそう慎重な方向へシフトする場合もあることが見出され,集団の決定がどちらにシフトするかは,決定すべき問題に関連して決定者集団の成員が共有する価値観の働きが重視されるようになった(価値説).
 それは「文化的増幅器」(cultural amplefier)とでもいうべきものである.つまり,冒険をするということがらの社会の文化的価値観であれば,この価値観に沿った議論の方が保守的な議論よりも討議においては支持されよう.しかし別の問題 - たとえば,被告が有罪か無罪かを熟考している陪審員- では,集団は平均的個人よりも保守的に振舞うことが指摘されている.Marquis,D.G.& Reitz,H.J.(1969) は文化的価値観がより保守的決定をよしとするような一連の問題について実験しているが,そうした問題では,集団は個人よりも保守的に保守的に振舞うことを見出している.
 これらの研究の重要的な結論は,合意形成するために集団を用いる管理者は,集団は文化的増幅器」になる傾向があることに留意し,決定過程を片寄ったものにしないよう十分に注意し,自分が期待する決定が得られそうな時にだけ集団を使うようなことをしてはならないということである.この現象は,情報が十分ではなく,結果もはっきり分からないような問題について管理者集団が決定するような場合に特に起こりやすい.基準や明確な決定を得るに必要な情報があいまいであるほど,その集団は文化的価値観の方向に行動し,その組織からみれば本来合理的な決定であるはずのものを踏みにじる危険性も大きい.
 集団の決定におけるこのような極化現象はまた,集団決定前の個人選好の分布の偏りと一定の決定方式(たとえば,多数決)との組合せによっても発生することが,Davis,J.H.(1973) の理論から証明されている.
 集団には満場一致を求める傾向があることが,政治運動や宗教運動のような実生活の集団 (Schein,E.H.,Schneier,I.& Barker,C.H.,1961)でも集団力学の実験者における実験 (Schachter,S.,1951)てもみられている.逸脱した意見をもったメンバーは,多数意見に「同調」するようさまざまな方法で圧力を受け,その集団決定はその集団の正確な個々の意見よりも優勢な意見を反映する可能性が生まれる.
 Janis,I.L.(1972) はこの現象について一連の歴史に基づく研究を行う,アメリカのキューバ侵攻作戦,ベイトナム戦争のエスカレーション,朝鮮戦争の泥沼化など,いくつかの重大政治決定が適切な情報の不完全な処理と少数意見および反対意見への強力な抑圧のもとに得られ,悲惨な結果を招いたことを示している.
 Janis は過去に大統領側近のグループがおかした失敗を分析し,一般に同じ価値観をもち結束の固いグループが緊張状況のもとで意思決定を行うときに陥りがちな集団的浅慮 (group think)について警告している.
 いずれの場合にも,内部の助言者集団は満場一致であったこと,いろいろな会議において反対意見は無視され,罰を加えられ,阻止され,このため意思決定者は十分な関係情報および選択余地から「遮断」されていた証拠があった.
 以上またふれなかった重要な論点としては資源の獲得や不確実性の吸収の過程である.組織はオープン・システムとして,資源の希少性およびさまざまの不確実性が存する状況下にあって,環境とのさまざまな相互作用ないしさまざまな関係をとり結び,自らの存続を維持していくことになる.そのような意味で,組織の環境適応や組織の環境操作は,組織の存続をはかるうえで無視することのできない過程だということができよう.また,各主体間でどのような政治的かけひきが行われるのか,その具体的な戦略は何かといった,いわゆるバーゲニングに関する問題などがある.それは,「戦略決定が合理的に上位目標(いっそう包括的目標)を達成するための計画ではなく,自らの個人的目標を達成しようとする個人間のバーゲニングの結果としてとらえること」である.(Allison,G.T.,1971)
 こうして,文化,政治的構造,戦略との関係において政治策略は文化を創造し,文化は特定の政治行動のタイプを正当化するのに役立つ,文化と政治との関係が政治的側面を見出すことができる.(Riley,P.,ASQ,1983,3,414-37)
つまり,戦略決定は,外部圧力(特に,重要な外部勢力)に対する反応が戦略決定への制約となる.そして,内部の政治的構造(power)は外部の圧力を反映している.組織文化とパワーと相互関連される(C.R.Schwenk,1988).(図 11-1)
Adapted from Charles R. Schwenk,1988; Figure 4-1.

 以上のことから,Schwenk は戦略決定を改善するため3つのモデルにもとづいて,処方せんを提供してる.
Model 1 (合理モデル)     意思決定者の認知プロセスが重要であ
る. 意思決定者の戦略問題の理解や認
知プロセスを改善することが戦略決定
支援の目標である.
Model 2 (組織プロセスモデル) 決定に至る組織プロセスを改善するた
めの支援, データ分析の周到さ・決定
段階の包括性など.
Model 3 (ポリティカルモデル) 政治的基準が意思決定の質を評価する
のに使われる.

 認知,組織,政治な要因は,いっしょになって,特定の戦略志向を支援し,それを変化するのはきわめてむずかしいのである.したがって,彼は,構造化されたコンフリクト(Structured Conflict)が多様性とコンセンサスがないことが,環境の知覚や意思決定の質を改善すると考え,利害関係者の政治的利害が認知プロセス・理解を改善するために使われる組織プロセスであるはず, D.A.(Decision Aids)は意思決定者間の違いが明確に定義され,構造化される方法の必要性が指摘した.
 明らかに,時間の圧迫,経営者の経歴(過去の経験),組織の文化,構造(管理,能力など)といった内部要因は経営者の状況(circumstances)
解釈(環境からのあいまいな情報を取り扱う能力)に影響を与える.戦略決定に影響を与える要因としてその「形成」は実行の確約の鍵になる組織メンバーとのある「共通理解」を得ることが必要である.また,共通目標達成するために組織間の協力をいかに確保するかである複数組織の協力・共生のルールづくりや仕組みづくりが重要である.
 いかにしたら戦略的コミットメントー(実行の確約) - つまり有効性と信頼性 -をつくりだせるのかは,全ての戦略行動に共通の問題である.
 こちらの行動が変更可能なときは,戦略的に思考する相手には戦略的効果が消滅する.相手は,こちらの発言と行動が食い違うかもしれないことに気づき,こちらが一杯食わせようとしていることを見通せる場合がある.信頼性の条件として,後戻りが許されない状況というものがあり,確約を長期間どう維持するかが問題になる.
 Salancik,G.R.(1977) はこの問題を最初に扱った.また A.K.
Dixit & B.J.Nalebuff(1991) は戦略行動を信頼性のあるものにするためには,裏付けとなる証拠として機能所作が必要であると主張し,そのような所作を実行の確約と呼んでいる.
 ゲーム理論と同様に,コミットメント理論は意思決定の一つの方法論と示すことを試みたといえるだろう.いずれにせよ,複数の当事者が存在し,それぞれの行動が互に影響を及ぼしあう状況において,それぞれの効用に基づいて各人の行動を予測し,意思決定を導く戦略は,意思決定の各参加者が同じ思考方法を理解し,同じ思考体系を採用することが不可欠である.状況があまりに複雑,不確実であったり,価値観に本質的な違いが存在する場合など,ゲーム理論では解決できない問題もある.しかし,意思決定の方法における合流 (confluence)への一つの有力な流れへと位置づけ,他の方法の知恵と重ねることでよりよい意思決定への道を開くことが可能になっていくだろう.

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